放射線障害予防薬
放射線障害予防薬とは、甲状腺に安定ヨウ素を満たすことで、甲状腺に放射性ヨウ素が蓄積されるのを防ぐ薬である。安定ヨウ素剤の一種であり、安定ヨウ素剤には他にも用途があるのだが、「安定ヨウ素剤と言えば放射線障害予防薬」というくらいの認知度となっている。
概要[編集 | ソースを編集]
自然界に存在するヨウ素は、ほぼ100%が安定ヨウ素(ヨウ素127)であり、稀にアレルギー反応などを示すこともあるが、基本的には人体への悪影響はない。
一方、原子力災害時などにより発生した放射性同位体である放射性ヨウ素は、ベータ崩壊する際に放射線がでることで人体に悪影響を及ぼす。
人体には甲状腺ホルモンを合成するために甲状腺へヨウ素(安定ヨウ素・放射性ヨウ素を問わず)を蓄積しようとする機能がある。また、甲状腺がヨウ素で満たされると、それ以降に摂取したヨウ素は大半が速やかに血中から尿として排出されるようになっている[1]。
放射性ヨウ素が甲状腺に蓄積されると、一定期間放射線が放出され続けるため、内部被曝をおこし、甲状腺癌、甲状腺機能低下症等の晩発的な障害のリスクを高めることが知られている[2]。
放射線障害予防薬は、この甲状腺にヨウ素が蓄積される原理を利用し、予防的に安定ヨウ素を内服することで、甲状腺内を安定ヨウ素で満たし、以後は放射性ヨウ素も安定ヨウ素も取り込まれない状態にすることで放射線障害の予防しようというものである。
効果の継続時間について[編集 | ソースを編集]
放射線障害予防薬の効果は、服用から1日程度持続する。
また、放射性ヨウ素の吸入後であっても、8時間以内であれば約40%、24時間以内であれば7%程度の取り込み阻害効果が認められるとされる[3][4]。
年齢・性別の違いよる効果の有意差について[編集 | ソースを編集]
なお、放射性ヨウ素の被曝による甲状腺の障害は、甲状腺の機能が活発な若年者、特に甲状腺の形成過程である乳幼児においてに顕著であり、40歳以上では有意ではない[5]ため、本剤の投与は40歳未満の者に対してのみ行われる[1]。
国際原子力機関 (IAEA) の基準では放射線障害予防薬の適用範囲を年齢・性別を問わずに適用としているが、世界保健機関 (WHO) の基準では40歳未満としている。
日本においては、日常的にヨウ素を多く含む食品(海藻など)の摂取量が他国と比較して多く、放射線障害予防薬を服用することによる過剰摂取回避に注意する必要がある。
妊婦や授乳中の女性の服用について[編集 | ソースを編集]
日本産科婦人科学会(日産婦)などは妊婦や授乳中の女性の服用について「50ミリシーベルト以上被曝した40歳以下の妊娠・授乳中女性」とする見解を公表した。
ただし、ヨウ素には甲状腺の機能低下と、アレルギー反応の副作用リスクもあり、妊婦が服用すると、胎児に甲状腺機能低下が起こり、脳の発達に悪影響を与えることがある。
国立成育医療センター周産期診療部の久保隆彦産科医長は「投与後は母体の甲状腺機能の状態のチェックや赤ちゃんが生まれた後の検査が必要。50ミリシーベルト以上被曝した場合のみ服用が必要」と呼びかける。
脚注[編集 | ソースを編集]
- ↑ 1.0 1.1 (財)原子力安全研究協会. “安定ヨウ素剤 取扱いマニュアル”. 緊急被ばく医療研修ページ. 2011年3月17日閲覧。
- ↑ 熊谷敦史、大津留晶、Serik MEIRMANOV、伊東正博、Sagadat SAGANDIKOVA、Daniyal MUSSINOV、Maira ESPENBETOVA et al. (2006 Sep). “一般演題 42 セミパラチンスクの甲状腺腫瘍に対して実施したBRAF遺伝子変異検索(特集 第47回原子爆弾後障害研究会講演集)”. 長崎醫學會雜誌 Nagasaki Igakkai zasshi 81: 363-366. NAID 110006226868.
- ↑ 井手昇太郎、森下真理子、大津留晶 et al. (2004 Sep). “一般演題 38 ヨードの甲状腺局所循環動態に及ぼす影響(特集 第45回原子爆弾後障害研究会講演集)”. 長崎醫學會雜誌 Nagasaki Igakkai zasshi 79: 294-296. NAID 110001138753.
- ↑ 原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会 (2002年4月). “原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について (PDF)”. 2011年3月17日閲覧。
- ↑ 山下俊一 (2002 Jul). “原子力事故時におけるヨウ素剤予防投与の実施体制の概要”. (社)日本アイソトープ協会 Isotope News: 10-14.