原子核

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原子核(げんしかく、英語:atomic nucleus)とは、主に陽子中性子から成り、原子の中心に位置しているものである。なお水素原子は陽子1個で出来ている。単に(かく、英語:nucleus)と呼ばれることもある。

概要[編集]

原子核は原子の質量のほぼ大部分を占め、原子核を中心にその周りを電子が軌道衛星のように周回し電子殻を形成している。

大きさ[編集]

原子核は原子と比べて非常に小さく、もっとも小さい水素の原子核の直径はわずか1.75fm(フェムトメートル)(1.75×10-15m)であり、きわめて大きく重いウランの原子核でも15fmしかない。これは電子殻の外側から計った原子の直径とくらべ、水素で1/145,000、ウランでも1/23,000でしかない。

歴史[編集]

1909年にアーネスト・ラザフォードの指揮のもと、助手のハンス・ガイガーと学生のアーネスト・マースデンは薄い金箔にアルファ線を照射する実験を行った。この実験は「ガイガー=マースデンの実験(Geiger–Marsden experiment)」と呼ばれる。一部では「ラザフォードの実験(rutherford experiment)」とも呼ばれることもあるが、ラザフォードは実験当日に立ち会わなかったとされているため前者の呼び方が主流である。

この実験でアルファ線の大部分は金箔を通過するが、一部が大きな角度で散乱する現象を発見した。そしてこの現象は「ラザフォード拡散(rutherford scattering)」と名付けられた。

この実験結果から導き出されるかたちで原子の内部に正電荷の原子核が存在すること判明し、その成果は1911年に発表された。 なおこの時点では「原子核=陽子」と考えられており中性子の存在はまだ考えられていなかった。

しかし1920年にラザフォードが「原子核=陽子」では様々な矛盾が発生してしまうことから中性子の存在を予言、それから12年後の1932年にラザフォードの助手であったジェームス・チャドウィックにより中性子が実際に発見・証明された。

さらに1935年に湯川秀樹が「素粒子の相互作用について」を発表、陽子中性子を繋ぐ中間子(現在のパイ中間子)の存在を予言、そこからさらに12年後の1947年にセシル・パウエルが率いる研究チームにより中間子の存在が発見・証明された。この成果により湯川秀樹は日本人初となるノーベル賞を受賞するに至った。

関連項目[編集]

参考文献[編集]